企業団のあゆみ
設立の経緯
昭和40年代になると、全国で水道の普及率が一定の水準に達し、水道事業の将来像についての議論が活発になりました。その中で、国としての方針を示すため、事業の広域化の必要性が認識され始めました。
昭和50年、厚生省は青森県と広島県で「広域水道圏計画基本方針調査」を実施しました。従来型、用水供給型、末端給水型を比較した結果、青森県南地域では末端給水型の広域水道が最も適していると報告されました。
これを受け、八戸市を中心とする地域の水道事業体は、将来の水源確保と経営の安定化を目指し、末端給水型の導入を進めるため「八戸圏域水道事業促進協議会」を設立しました。改正水道法(昭和52年)による広域化促進制度を活用し、国や青森県の指導のもとで活動を進め、企業団の設立へとつながりました。
その後、田子町、新郷村、倉石村は当面参加しないこととなりましたが、世増ダム(新たな水源10万㎥)への共同参画を目的に、1市8町2村の計11市町村が水道事業を統合しました。そして昭和61年4月、「八戸圏域水道企業団」が事業を開始しました。
年表
| 年月 | 備考 |
|---|---|
| 昭和50年3月 | 「広域水道圏計画調査報告書」(厚生省) |
| 昭和54年1月 | 青森県水道整備基本構想策定 (青森、津軽、上十三・下北、八戸の4圏域) |
| 昭和57年4月 | 八戸圏域水道事業促進協議会設立(促進協議会) (1市9町4村で構成。会長:八戸市長) |
| 昭和58年3月 | 「八戸圏域水道整備基本計画調査」(促進協議会) |
| 昭和58年7月 | 促進協議会理事会(同意事項) 1.世増ダムを新規水源とする。 2.末端給水の広域水道事業として推進する。 3.国・県に意見調整、指導等を要請。 |
| 昭和58年8月 | 八戸圏域水道事業の創設に関する覚書締結(11市町村) |
| 昭和59年6月 | 企業団設立準備委員会設立(技術運営部会・管理運営部会等) |
| 昭和59年9月 | 青森県に広域的水道整備計画策定を要請 |
| 昭和60年10月 | 八戸圏域広域的水道整備計画策定(青森県) |
| 昭和61年1月 | 八戸圏域水道企業団設立許可(青森県知事) |
| 昭和61年3月 | 八戸圏域水道企業団経営認可(厚生大臣) |
| 昭和61年4月 | 八戸圏域水道企業団事業開始 |
| 昭和62年4月 | 第一期拡張事業着手 |
| 昭和62年12月 | 世増ダム共同事業の実施に関する覚書締結 |
| 昭和62年12月 | 八戸圏域水道企業団経営変更認可(厚生大臣) |
| 平成元年12月 | 世増ダム建設工事に関する基本協定締結 |
| 平成2年4月 | 奥入瀬営業所開設 |
| 平成3年4月 | 馬淵営業所開設 |
| 第一期拡張事業基幹施設一部完成 | |
| 平成4年4月 | 圏域内3ブロック体制本格始動 |
|
平成6年4月 |
水道料金オンラインシステム稼働 |
| 平成8年2月 | 世増ダム建設工事に関する変更基本協定締結 |
| 平成8年11月 | 企業団新庁舎竣工 |
| 平成13年3月 | 八戸圏域水道企業団経営変更認可(厚生労働大臣) |
| 平成13年4月 | 世増ダム建設工事に関する変更基本協定締結 |
| 平成16年3月 | 世増ダム完成 |
| 平成16年4月 | 世増ダム供用開始 |
| 平成17年3月 | 八戸圏域水道企業団経営変更認可(厚生労働大臣) |
| 八戸圏域島守地区簡易水道事業創設経営認可(青森県知事 ) | |
| 平成18年4月 | 白山浄水場(新井田川系)竣工 |
| 平成19年3月 | 奥入瀬・馬淵両営業所廃止 |
| 平成22年3月 | 新井田川取水・導水施設竣工 |
| 第一期拡張事業基幹施設完成 | |
| 平成23年10月 | 新料金制度施行(口径別料金体系) |
| 平成24年3月 | 八戸圏域水道企業団経営変更認可(厚生労働大臣) |
| 平成24年4月 | 島守地区簡易水道事業を上水道に統合 |
| 平成26年4月 | 南部町二又地区簡易水道事業を上水道に統合 |
| 平成26年7月 | 平成26年度優良地方公営企業総務大臣表彰の受彰 |
| 平成27年3月 | 八戸圏域水道企業団資材備蓄センター竣工 |
| 平成28年7月 | 企業団創立30周年記念式典 |
| 平成30年3月 | 馬淵川系導水管更新事業着手 |
| 令和元年11月 | 蟹沢配水幹線シールド工事開始 |
| 令和5年12月 | 馬淵川系導水管更新事業に伴う新旧管切替完了 |
| 令和6年3月 | 蟹沢配水幹線シールド工事完成 |
| 令和6年10月 | 八戸圏域水道企業団耐震型ダクタイル鉄管採用50周年記念セミナー開催 |
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